「自分が汚した証拠出せ」、原状回復費支払い拒否の元入居者 楽待さんからのニュースです。

「自分が汚した証拠出せ」、原状回復費支払い拒否の元入居者
原状回復費を請求するための4要件
弁護士 阿部栄一郎 2019.11.25
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PHOTO: iStock.com/Urban78
入居者との間にはさまざまなトラブルが起こりますが、「原状回復」をめぐる問題は珍しいものではありません。
不動産投資にまつわるさまざまなトラブルを、弁護士の阿部栄一郎氏が実際の事例に即して解説していくこの連載。今回は、ひどい物件の使い方をしていた元入居者が、「自分が汚したという証拠を出せ」と原状回復費の支払いを拒否したという事例です。
「自分が汚した証拠を出せ」、原状回復費支払いを拒否
ある時、不動産投資家のX氏は、賃借人Y氏が入居しているマンションの1室(月額賃料5万3000円)をオーナーチェンジで購入しました。マンションは築5年程度。X氏は売主から、「Y氏は新築の時から入居している」と聞き、さらに、契約を更新した、現在有効な賃貸借契約書を受け取りました。
その後、1度賃貸借契約を更新した後、Y氏はマンションから退去しました。退去をする際に管理会社の担当者に立ち会ってもらったのですが、室内はひどい状況でした。浴室や洗面所、キッチンもトイレもカビだらけで、キッチン付近の油汚れはひどいものでした。何故か、ところどころの床に段ボールが敷いてあったそうですが、おそらく、カビの生えた場所を素足で踏みたくないためだったと思われます。
管理会社の担当者からY氏に対し、「これだけひどい使い方だから、原状回復のための費用は相当なものとなり、Y氏の負担も相当な金額となる」ということを伝えてもらったところ、Y氏は水回り付近は段ボールを敷いてサンダルを使って歩いていたし、これだけ汚した責任があることは分かるので、適正な金額は支払うとの回答がありました。
X氏は、業者に見積もってもらい、その後原状回復のための費用を支払いました。その上で、原状回復費用の総額約80万円のうち、経年劣化や通常の損耗範囲と評価されるような、X氏が賃貸人として負担すべき金額を控除した残額、約55万円をY氏に対して請求しました。
原状回復費用を請求されると、Y氏は急に態度を変え、「自分が部屋を汚したという証拠を出せ。原状回復費用が賃料の10カ月分を超えるなんて不当だ」などと主張し、支払を拒否しました。
X氏としては55万円を回収するために弁護士に委任するのは費用対効果が悪く、釣り合いが取れないと思ったそうですが、このまま泣き寝入りしてしまっては今後も同じような被害に遭う賃貸人が出てくると思い、依頼することを決めました。
弁護士もY氏との間で原状回復費用の支払に関する交渉をしたものの、Y氏の態度が変わらなかったため、訴訟提起をすることに。
ただ、X氏は、Y氏がマンションの新築当時から入居していることが明らかとなる契約書を保有していませんでした。売主から受け取ったのは、更新が契約された後の契約書であり、最初にいつ契約したのかが、その書類上は不明だったのです。
これでは、裁判上、Y氏がマンションを使用して損耗・汚損が発生したことを立証することができない可能性があります。そこで、弁護士は、各種団体に対して必要事項の照会をすることのできる「弁護士会照会制度(弁護士法23条の2に基づく照会制度)」を利用して水道、ガス、電気の利用契約者や利用期間を問い合わせましたが、各会社は同照会制度に対する回答を拒否しました。
やむなく弁護士は、X氏に対し、裁判所を通じた照会制度である「調査嘱託」を利用することに。その際、Y氏の水道、ガス、電気の利用契約者や利用期間を問い合わせることや、調査嘱託の結果でY氏がマンションの新築当時から使用していることが明らかとならない場合には、敗訴となる可能性があることを説明。X氏の了承を得たうえで、訴訟提起をしました。
訴訟を起こした後、担当裁判官は、Y氏の居住状況を確認するために電気会社の利用契約者や利用期間などに関して調査嘱託を採用しました。その結果、電気会社からの回答により、Y氏がマンションの新築当時から居住していることが明らかとなり、X氏のY氏に対する原状回復費用の請求は認められました。損害の範囲としては多少減額されてしまったのですが、Y氏が原状回復費として48万円支払うこととなりました。
来春、民法改正で条文が新設される
そもそも、原状回復の義務とはどのようなものなのでしょうか。実は、現行法の民法(2019年11月現在)では、賃貸借契約における賃借人の原状回復義務の明文化はされていません。
しかし、来年4月1日から施行される新民法では、賃貸借契約における賃借人の原状回復義務が621条に規定されることとなりました。
新民法621条は、「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りではない」と規定しています。
つまり、入居者は通常損耗や経年変化による部分を除けば、基本的に原状回復義務があるということです。
新民法621条は新設条文とはなりますが、その内容は、過去の判例法理や一般的な理解(国土交通省住宅局が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)などが参考になります)を明確化したと言われており、新民法の施行によって実務の運用が変わることはないと考えられています。
原状回復費用を請求するための4要件
では、賃貸人が賃借人に対して原状回復費用を請求するための要件とはどういったものなのでしょうか。
一般的には、以下の4つの要件が必要と言われています。
(1)明け渡し時に、賃借物に修繕・交換を必要とする損耗・汚損した部分があること
(2)当該損耗・汚損が、賃貸期間中に発生したこと
(3)当該損耗・汚損が通常の使用により生ずる程度を超えること
(4)賃貸人が、当該損耗・汚損した部分の修繕・交換のために費用を支出したこと
(1)、(3)及び(4)は比較的分かりやすいと思います。つまり、賃借人がマンションなどからの退去の際に通常損耗や経年変化を超える損耗・汚損があり、その原状回復のために賃貸人が費用を出したということです。
問題は、上記(2)の要件です。つまりは、賃貸開始時(入居時)にAという状態であり、賃貸借契約終了時(退去時)にBという状態であったということを立証する必要があるということです。この要件を欠くと、裁判上、賃借人がマンションなどを賃借している間に当該損耗・汚損が発生したということが明確でなくなります。
実務的にも、賃貸開始時の状態をきちんと確認していなかったといったことや本件のようなオーナーチェンジの事案において契約書や入所時の状況確認の引き引継ぎに不備があったというような場合に、裁判上、原状回復費用を請求できなくなるということがあり得ます。
○証拠集めに利用した「調査嘱託」とは?
本件では、入居者Y氏の居住期間を水道や電気などの利用状況から確認するために、裁判所の調査嘱託という制度を利用しています。この調査嘱託というのは、どのような制度なのでしょうか。
調査嘱託は、民事訴訟法186条を根拠とする制度です。同条は、「裁判所は、必要な調査を官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は学校、商工会議所、取引所その他の団体に嘱託することができる」と定めています。つまり、裁判所が訴訟における判断などに必要と考える場合に、裁判所を通じて、会社などに対して、照会して回答をもらう制度ということになります。
本件では、賃借人Y氏の電気契約から、利用契約者や利用期間を明らかにして、新築時からY氏がマンションを賃借していることを立証しました。このマンションは新築でしたので、Y氏の入居当初、そもそも損耗・汚損はないということから、退去時に存在していた損耗・汚損は、Y氏が生じさせたものということを立証することができました。
入居時、退去時の状況を証拠として残すことが重要
賃貸人の立場からすれば、賃借人は、きちんとマンションなどを使用してくれる、退去の際の原状回復費用は敷金で十分に賄えると思いたいものです。
しかしながら、私が弁護士として働く中では、残念ながら原状回復トラブルの相談や請求に関わることはあります(原状回復費用の請求と弁護士費用との釣り合いが取れないため、弁護士に委任してまで請求するという方は多くはありませんが)。
既に述べたとおり、実務的には、実際の損害額の争いのほか、原状回復請求のための要件である(2)当該損耗・汚損が、賃貸期間中に発生したこと―が問題となることが多いです。
原状回復のトラブルに巻き込まれてしまった場合の対処方法は、賃借人の入居時の状況と退去時の状況を客観的な証拠として残し、また、賃借人にきちんと確認してもらうことに尽きます。写真の撮影、損傷個所の確認書類などがあり得ます。管理会社によっては、リストを作成して管理していることもあるかと思いますが、できれば入居者の確認のサイン入りの物が望ましいです。
日ごろから、管理会社や仲介業者にきちんと確認してもらったり、賃貸人として当事者意識を持って確認をしたりということが重要かと思います。
加えて、オーナーチェンジの物件の購入の際には、入居時の状況確認をしているかも、きちんと確認をした方が良いでしょう。こうした証拠がそろっていない場合には、ある程度トラブルも起こりうるということを認識した上で物件購入をすることになります。
(阿部栄一郎)